「運命の人」はいるのか 結婚している人によると、初めて会ったときに




「運命の人」はいるのか
結婚している人によると、初めて会ったときにビビっときた、交際から結婚までトントン拍子だったという人、友達の紹介で知り合ってアタックされた人、妊娠したから結 婚したという人、お見合いで断ったものの、なぜか気になって結婚することになったという人。
色々なパターンがあります。
先日2年交際した恋人と別れました。
きっかけは応援してくれていたはずの私の母親の猛反対でした。初めての海外旅行の直前でした。
ある人に、結婚する人は結婚するものだ。その人とは縁がなかった。次を探しなさいと言われました。
もし運命の人がいるならば、何があっても結婚するのでしょうか。
結婚したなら相手は運命の人ということになるのだろうか。
元恋人とも、母の介入がなければ結婚したと思います。ただ考え方によっては、母の介入も運命、別れも運命になります。
結婚した人の中にはその後離婚した人もいます。
人との雑談でフリーだというと、たいてい職場にいい人いないの? と聞かれます。
たしかに職場で知り合った人と結婚するパターンは少なくありません。同期でとか、グループ会社間でとかもあります。
しかし、地球規模で見るといい人は大勢います。
国際結婚した人もいます。
結婚に至る相手は何人もいるけれど、たまたま近くにいた人と結婚したということなのだろうか。
近くにいない場合、どこまで探しに行けばと出会えるのか。
そもそも運命の人は実在するのか。
偶然の出会いから劇的な結婚を果たしたら運命の人なのか。
それなりに相性がよくてたまたま邪魔がなければ結婚できたらそれも運命の人なのか。
別れたら運命の人ではなかったということなのか。
考え始めたら面白くなってしまい、終わりが見えません。
別れた恋人は本当に大好きだったので、これを乗り越えて結婚するとしたら相手はどうやって探せばいいのか、参考にしたいので皆様の運命の人論を教えてください。



要するに運命論でしょ
運命を哲学的に論ずると
シラー ・・(汝の運命の星は汝の胸中にあり)
ソクラテス・(汝自身を知れ)
になる
この世の運命を不平等を科学的に解明する事はできませんが
科学的に考える事は出来ます
運を化学的 論理的に論ずるのは仏教です
仏教の因果応報、因果因縁は実に化学的な考えで
原因があるから結果がある 因果の法則を説いたものです
仏教の因果応報、因果因縁は実に化学的な考えで
原因があるから結果がある 因果の法則を説いたものです
そうなると運命は決まっている と言う事になりますが
科学と同じで 因と果の間に 縁 と言うものがかかわると
結果が変わる というのが仏教です
縁起の法は 主観と客観の上に展開されたもので
どんなものでも、ある因とある縁が結び合って成り立っている
因と縁が仮に和合して成り立っている と言う概念です
日本文化の基盤となった仏教では
人間と自然の関係を考えるうえで、大切な真理を説いています。
それが 縁起の法」です。
「縁起」とは、「縁によって生起する」という意味です。
人間にせよ自然にせよ一切のものは、それ自体として単独で存在するのではなく、
互いに縁となりながら、すべて他との相依相資
(相依り、相資ける)
あいより、あいたすける
という関係で成り立っていると見るのです。
「縁起」を説明する譬えとして、インドの仏教哲学者・
竜樹は『中論)』で「火と薪との考察」をあげています。
–今、燃え盛る薪を見るとき、火と薪は一体となっており、
両者をはっきり分けることはできない。火は、薪がなければ、
そこにはなかった。薪も、火がないときは単なる木片のままであり、
薪とはなっていなかった。
つまり、燃える薪においては、単独に「火」があるのではなく、
単独に「薪」があるのでもない。しかし、どちらも存在しないかというと、
無いわけではない。火は薪によってあり、薪は火によってある。
このように、一切の事象は他との相依相資性によってあり、
「縁」によって起こると説くのです。
この「縁起論」を、生命主体とその環境に当てはめて、中国の妙楽は
「依正不二」論を示しました。一言でいえば、環境世界としての「依報」と、
生命主体としての「正報」は、現象面では相互に依存しあい資けあっている。
しかも、この二者は、「宇宙生命」ともいうべき深い次元では
「一体不二」であるという法理です。ですから、自然を破壊することは、
結局、人間の生命を破壊することにつながります。
長くなるので
参考
◆結婚は縁とタイミングといいますね。
原因があって結果がある。
私も結局は縁に帰結すると思っています。
縁があって知り合っても、何もならなければそこまでの縁。進んだら縁があったということ。
縁があるのかないのか、進んでみないとわからないのが面白くもあり厄介なところですね。
きが合って仲良くしていた友人とも、ひょんなことで付き合いをやめることもあり、これもそこまでの縁、そういう運命なのだと思っています。
◆結婚して今も仲がいい人が、あとづけでそう言っているのだと思います。
まあ、結婚しようと思うぐらいだから、自分の好みにはかなり近かったのでしょう。
◆質問文の冒頭に上げられているように、ただただ色んな人がいるって事じゃないでしょうか。
強引に親が決めて結婚させられた人でも幸せになる人、やっぱり離婚しちゃう人の2パターンあります。それぞれその結果を「運命やね」と「たまたまやで」と思う人がいるって感じの。
でもテレビでみるような運命的なカップルもいますよね。世界中飛び回ってるふたりが色んな国で連続して出会ったり、名前と誕生日が同じだったとか、でもそう言うのも「たまたまやで。人間もカップルもアホほどおるし、そんなんもおるんちゃう?」って思います。
◆正味の話がやね。
なんかどうでもええ話やで。
何や君は、ええ?
金持ちのボンボンか?
愛しとるのかそうでないのかどっちなんじゃ。
結婚に保険かけでどうするんじゃ。
ええ?
保険かけたいんか?結婚に。
ええ?
ワシがアマゾンの裸族と結婚してもええんちゃうんか?
ワシはナイトライダーや??
◆確率統計論からザックリと考察してみようか♪
婚姻カップル全体の33%が早期に離婚し、残り67%
の少なくとも半分は愛情がないか、もしくは希薄でセッ
クスレス状態の疑似結婚状態です、全体の15~16%
は愛情があると推測され、その中のどれくらいが運命の
出会いなのか??
運命の出会いなんてのはどうやら怪しい、ただの耳障り
のイイ言葉なんじゃないでしょうか(笑)
職場恋愛が多いのもその根拠です、結局近距離レンジで
しか相手を探せないんですから、そんな狭いエリアに運命
の相手なんかいねえよ、実際聞き取り調査してても婚姻歴
10年以上の子どもがいる女性は、男なんてDVとか女遊び
がなくて、ちゃんとお金を入れてくれればどれも大差は
ないって言ってるもん、強いて言えばルックス(身長)は
大事かな?だとよ(笑)
まあ、現実はそんなモンなんだよ^^
ちなみにオレ3回結婚してるけど、みんなビビビ婚だぜ(笑)
◆でもさあ、僕がもしも女房の運命の男だったとしたらだよ。うちの女房も可哀想に、ずいぶん安手の男とくっつかされる運命だったんだなあ、こりゃあきっと何か呪われてるなって、哀れになってくるような気がするね。


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