竹内力

【緊急版】ドラフトで指名されるような選手が一般入試によって大学に入った例は...

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【緊急版】ドラフトで指名されるような選手が一般入試によって大学に入った例は...

ドラフトで指名されるような選手が一般入試によって大学に入った例は...

ドラフトで指名されるような選手が一般入試によって大学に入った例はありますか?東進ハイスクール講師の林修氏が「受験必要論」(集英社)の本の冒頭で「甲子園で活躍して、 プロ野球のドラフトにかかるような若者のように。彼らは受験する必要もないし、実際、受験の現場に姿を現すこともありません。」と述べています。古田敦也は一般入試によって関西大学と立命館大学に合格していますが、高校時代は活躍しなかったそうですね。

アンサー

多くの困難に挑戦せよ:甲子園から東大へ。市川武史さんが伝える夢を叶えるヒント
INTERVIEW, OBOG
甲子園100年目という節目の今年も、数々の熱闘が繰り広げられ大いに湧いた。そんな甲子園に都立高校初出場という歴史を刻んだのが、投手として都立国立高校を率いた市川武史さんだ。市川さんは甲子園に出場後、東大に入学する。高校の3年間でどんな目標を立て、どのように過ごしていくべきか。スポーツでも勉強でも目標を達成した市川さんに夢を叶えるヒントを求めて話を聞いた。(取材・平岡直樹 撮影・竹内暉英)
「気持ち」で負けるな
――高校時代は投手として甲子園を目指し都立国立高校で野球に打ち込みました
甲子園に行きたいという一心で野球に取り組みました。甲子園は昔からの夢。どちらかというと勉強より野球が高校生活の中心でしたね。
練習時間の多い私立高校に都立高校が勝つためには工夫が必要です。限られた練習時間の中で強豪私立並みに打撃を鍛えることは難しい。失点を最小にする、守りが強いチームを目指して守備の練習を多くしました。
――高3の夏、西東京大会で優勝します
高2のとき肩を壊し、そのまま冬を超えました。高3の春は監督の提案もあって横から投げるサイドスローへ転向しました。私立の壁を超えるため、フォームの変更など良いと思ったことを全てやりきって、絶対に負けないという強い気持ちで大会に臨みました。
西東京大会ではやはり思うようには得点を奪えませんでした。少ない点数を守り切る接戦が続きます。特に印象に残っているのは負ければ終わりというプレッシャーのかかる都立武蔵村山高校との初戦や、佼成学園との準々決勝です。佼成学園とは延長18回でも決着がつかず再試合となりました。
どんなに長く緊張の続く試合でも心掛けていたのは一つ一つ勝利していくこと。投手である自分はバックを信用し、バックは自分を信用してくれている。そうした信頼関係が、負けるはずがないという揺るぎない自信となりました。決勝では駒澤大学高校を破り甲子園出場を決めます。
――国立高校は都立高校として初めて甲子園に出場します
甲子園に出場する初の都立高校としてマスコミなどに注目されましたが、そうしたことはプレッシャーにはなりませんでした。自分たちの野球を精一杯する。注目はいつしか後押しへ変わりました。
甲子園初戦の相手は和歌山県代表で前年度春夏連覇を果たした県立箕島高校。四回に2点、五回に1点を取られ、点差を追う立場になりました。甲子園でプレーできることは本当にうれしかったですが、その夏で初めて負けるかもしれない、と焦りました。
結果は0対5で初戦敗退。対戦相手はくじで決まりますが、今でもくじ運が良ければ1、2勝できたのではと思うことがあります。
――入学した東大では硬式野球部に所属しました
甲子園を一つの区切りとして、学業に専念するため大学では野球を続けることは考えておらず入学当初はゴルフ部に所属しました。しかし大学生活に物足りなさを感じていた秋ごろに元監督から勧誘を受けたことや、高校の野球部同期が入部していたことがきっかけとなって東大硬式野球部に入部しました。
大学の野球はリーグ戦。同じ相手と戦う中で研究され対策されてしまいます。そうした状況で勝つために基礎体力を重視していた高校時代と変わり、投球の技術やピッチングの組み立てを学びました。レベルの高い大学野球でプレーできたことも今では本当に良かったと思っています。
OBとして現在の東大硬式野球部を見て思うのは、もっと自信を持ってほしいということ。今のチームは私の時代のチームより強いかもしれません。ただリーグ戦での連敗により敗北が頭をよぎり、集中力が途切れる場面もあったのではないでしょうか。
今春のリーグ戦で1勝を挙げ、連敗を止めたことは大きいです。試合の時に大切なのは「勝つんだという強い気持ち」で相手に負けないこと。自分たちの野球に自信を持ってこれからのリーグ戦に臨んでほしいです。
つらさを乗り越え
――高校時代は野球部の厳しい練習と勉強の両立をはかり1浪した後、東大に入学します
東大を目指したのは周りに同じ志を持った人が多くいたからです。結果としてバッテリーを組んでいたキャッチャーを含め、同期の野球部から現浪合わせて4人が東大に進学しました。
高校のときは部活が忙しく少ない時間で力を付けるため、とにかく授業に集中することを意識していました。部活を引退した9月以後は、全ての時間を勉強に注ぎました。懸命に勉強しましたが、現役では間に合わず浪人しました。
勉強するとき気を付けていたのは野球の時と同じですが、やる気がなくなったときにそこで終わりとせず、あと一歩、ほんの少しでも勉強を続けること。小さな継続が積み重なり、大きな成果につながるからです。
――甲子園出場という貴重な人生経験を積んできました
何か物事に取り組むとき、その思いが強ければ強いほど自然に行動がついてくるはずです。私は目標を決めたとき、自分はその目標を達成したいのだということを脳に強く思い込ませ行動に移すことを心掛けています。
もちろん行動を起こしても目標を達成できないことの方が多いですし、行動には困難もつきものです。暑い中、水の飲めないきつい野球の練習。高1のとき自分が投げた回での失点による西東京大会1回戦敗退。甲子園という目標を掲げ野球に打ち込んだとき、肉体的にも精神的にもつらいことが続きました。
しかしそうした経験が現在の自分を形づくっています。今、私はキヤノンの半導体デバイス要素開発センターで所長を務め、カメラのセンサー部の開発などに携わっています。何か形に残るものを後世に残したい。そんな思いで製品をつくる職に就きました。仕事で多少つらいことがあっても、野球部での経験を思い出せば耐えられる。つらいことに耐えた経験は自信に変わり自分を支え、仕事に前向きに取り組む力となります。
高校生の皆さんに伝えたいことは、広い世界でさまざまな経験を積むのが大切だということ。たくさん難しいことに挑戦してください。たくさんつらいことを経験してください。今という時間の中でどれだけ強い気持ちで頑張れるか。努力の過程で、自分への自信と豊かな人間性が培われるのではないか、と思います。
ご経歴
市川 武史 (いちかわ たけし)さん (キヤノン 半導体デバイス要素開発センター)
都立国立高校出身。投手としてチームを引っ張り、80年に都立高校として初めて甲子園に出場する。東大では硬式野球部に所属し,六大学野球で7勝を挙げる。86年理学部地球物理学科(当時)卒。卒業後はキヤノンに就職し、カメラのセンサー開発などに携わる。
【球界ここだけの話(216)】
西武の専務は“都立の星”国立高のセンターだった!!
今年は「高校野球全国大会創設100周年」。サンケイスポーツでは「激闘の記憶」と題した大型企画が始まった。
西武でも菊池雄星、野上、浅村、森、上本ら甲子園で伝説を残した選手はたくさんいるが、今年1月に就任した関洋二球団専務(52)が実は一番すごかった!?
1980年になんとあの都立国立高校で、西東京代表として甲子園の土を踏んでいる。もちろん“プロ入り”したのは関専務だけだ。専務といっても読者の方はピンとこないだろうが、西武の場合は、連盟の「実行委員会」など会議に出席し、チーム編成よりも対外的な仕事の方が多い。オーナー、球団社長に続くナンバー3の取締役で、つまりすごく偉い人だ。
私立の強い東京で都立校が甲子園に出ることは不可能に近く、西東京では後にも先にも国立高だけ。しかも屈指の秀才高で“都立の星”と東京中が大騒ぎになった。関さんは「僕なんて“なんちゃって”ですよ。あのチームは市川武史さんがすごかったんです」と謙遜するが、2年生ながら背番号「15」でベンチ入りし、1回戦の箕島高戦に「8番・センター」で先発出場している。
市川武史さんとは国立高のエースで、予選の8試合91イニングをひとりで投げ抜き(準々決勝の佼成学園戦は延長18回引き分け再試合)、東大に進学し東京六大学で7勝を挙げている。
当時の動画を見ると、市川さんはヒーローインタビューで「“やった”よりも先に“ヤバイな”という感じ。甲子園でまともに戦えるのか…」と冷静に語っているが、1回戦で箕島高に0-5で敗戦。強豪校を5点に抑えている。「箕島と2回戦で対戦した高知商業の中西清起さん(阪神投手コーチ)が0-5でうちと同じスコアだったんですから。市川さんはすごい投手ですよ。東京大学で7勝しているのが、本当の実力を示していると思います」(関専務)。
1回戦で箕島高と当たったのが不運で、別の高校と対戦していれば、勝ち進んでいたかもしれない。
この1980年の東東京代表が、準優勝した早実高。1年生の荒木大輔さんが“大ちゃんフィーバー”を起こした年で、東京代表の両校とも後世まで語り継がれているのだから、今考えるとすごい年だ。
「入場行進が横浜、国立、早実の順で。うちの両側が決勝戦で対戦したんですからね」と関さんは懐かしそうに振り返った。
関専務は慶大で体育会の準硬式野球部でプレーし、西武鉄道に入社。1月に球団専務となり、3月に阪神とのオープン戦で、35年ぶりに甲子園の土を踏んだ。
こんな“ドラマ”があるところも、高校野球人気の秘訣なのだと思う。(塚沢健太郎)
◆有名どころでは
上原が浪人で大阪体育大
古田が立命館大
小宮山が早稲田大
もしかしたら小宮山はスポーツ推薦かもだけどw
◆少し前に高松高の松家投手がドラフト候補でしたがプロ希望せず現役で東大に入学しましたね。その後大学在籍時にドラフト指名され横浜・日ハムに在籍しました。
◆でも、多いでしょ。
あの、江川さんは、慶応を落ちて、法政に拾われたんですよ。
金本監督だって、上原投手だって、浪人してます。
◆去年、東大の宮台選手はドラフトでプロに行ってます。
スポーツ推薦なんてありませんから当然一般ですね。


質問タグ:林修,市川武史,ドラフト,東進ハイスクール講師,古田敦也,佼成学園,立命館大学

【効果抜群】年代別好きな女性有名人トーナメント 2次予選 C組 1回目 この中から好...

年代別好きな女性有名人トーナメント 2次予選 C組 1回目 この中から好...

年代別好きな女性有名人トーナメント 2次予選 C組 1回目
この中から好きな女性有名人を3名答えてください。
また推したい有名人1名に2票投票出来ます。
10代予選4位 本田望結
10代予選5位 浅川梨奈
10代予選10位 渡邉理佐
20代予選2位 戸田恵梨香
20代予選7位 堀未央奈
20代予選8位 山本彩
30代予選4位 石原さとみ
30代予選6位 南條愛乃
30代予選10位 相武紗季
40代予選3位 永作博美
40代予選5位 内田有紀
40代予選9位 井川遥
ルール
*予選は2回行います。
*上位4名は決勝トーナメント進出
*同票の場合は選択人数>画像数>その他の基準の順番で順位を確定させます。

アンサー

渡邉理佐 2票
堀未央奈
戸田恵梨香
◆戸田恵梨香2票
本田望結
渡邉理佐
◆渡邉理佐 2票
戸田恵梨香
内田有紀
◆永作博美2票
本田望結
戸田恵梨香
◆堀未央奈 2
山本彩
石原さとみ
◆石原 2票
永作


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【効果絶大】石川梨華 どう思いますか?

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アンサー

可愛い??(^_^)∠※
◆重複で通報したんで


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【究極】石川梨華、第1子男児を出産 どう思いますか?

石川梨華、第1子男児を出産 どう思いますか?

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アンサー

祝福している人は多いようですね。
参考サイト
◆自分の意見も言えないの?
◆野上は、益々頑張らないといけませんね。
って思いました。


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【効果あり】年代別好きな女性有名人トーナメント 2次予選 B組 1回目 この中から好...

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年代別好きな女性有名人トーナメント 2次予選 B組 1回目
この中から好きな女性有名人を3名答えてください。
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10代予選3位 齋藤飛鳥
10代予選6位 大原優乃
10代予選9位 大和田南那
20代予選3位 新木優子
20代予選6位 白石麻衣
20代予選9位 中条あやみ
30代予選2位 深田恭子
30代予選5位 沢尻エリカ
30代予選8位 綾瀬はるか
40代予選2位 浅香唯
40代予選7位 鈴木杏樹
40代予選10位 中山忍
ルール
*予選は2回行います。
*上位4名は決勝トーナメント進出
*同票の場合は選択人数>画像数>その他の基準の順番で順位を確定させます。

アンサー

浅香唯さん→2票
沢尻エリカさん
中山忍さん
◆白石麻衣
深田恭子
鈴木杏樹 2票
◆新木優子
白石麻衣
鈴木杏樹 2票
◆新木優子 2票
白石麻衣
深田恭子
◆綾瀬はるか1票
沢尻エリカ2票
◆飛鳥 2票
新木
沢尻


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【必勝!】年代別好きな女性有名人トーナメント 2次予選 A組 1回目 この中から好...

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年代別好きな女性有名人トーナメント 2次予選 A組 1回目
この中から好きな女性有名人を3名答えてください。
また推したい有名人1名に2票投票出来ます。
10代予選2位 宮脇咲良
10代予選7位 長濱ねる
10代予選8位 向井地美音
20代予選4位 横山由依
20代予選5位 柏木由紀
20代予選10位 松岡茉優
30代予選3位 水樹奈々
30代予選7位 小倉優子
30代予選9位 安達祐実
40代予選4位 原田知世
40代予選6位 松嶋菜々子
40代予選8位 渡辺美奈代
ルール
*予選は2回行います。
*上位4名は決勝トーナメント進出
*同票の場合は選択人数>画像数>その他の基準の順番で順位を確定させます。

アンサー

宮脇咲良 2票
松岡茉優
原田知世
◆横山由依 2票
長濱ねる
◆宮脇咲良→2票
向井地美音
松嶋菜々子
◆宮脇咲良 2票
向井地美音
小倉優子
◆ねる 2票
横山
安達
◆むかちいみおん


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【実践】もう高視聴率は期待はできないと思いますが以下の俳優、女優主演の月9...

もう高視聴率は期待はできないと思いますが以下の俳優、女優主演の月9...

もう高視聴率は期待はできないと思いますが以下の俳優、女優主演の月9のストーリーを考えていただけませんか? 本田望結
本田紗来
仲里依紗
綾瀬はるか
菅田将暉
中川大志
二宮和也
櫻井翔
芦田愛菜
寺田心
竹内涼真
藤原竜也
高橋英樹
高畑充希
上白石萌音
上白石萌歌
中には嫌いな人もいる、意味わからない人もいると思いますが、どのようなストーリーが合うのかお願いします!

アンサー

・綾瀬はるかと二宮和也でサスペンスもの
その他キャストに、菅田将暉と中川大志
・櫻井翔と高畑充希&竹内涼真の再共演で、学園もの
その他キャストに、本田望結と芦田愛菜
もちろん、生徒役
藤原竜也は、月9より、映画俳優なので、上の2つのどれかに、ゲスト出演
◆スペシャルドラマでもできそうなラインナップですね。


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【ガッテン】高校野球なんてやっている人って頭悪いんですか? 将来まーーーーーっ...

高校野球なんてやっている人って頭悪いんですか? 将来まーーーーーっ...

高校野球なんてやっている人って頭悪いんですか?
将来まーーーーーったく役に立たないことを一生懸命になっていてw そりゃプロの中のさらに一部になれば大金持ちですが、そんなの0.01%ぐ
らいの確率。
甲子園にでても「お疲れさん。がんばったね」で終わってあとは一生低学歴の奴隷w
んでおじさんになって出世している同級生に向かって「俺は甲子園に出て~」「野球が~」と昔のことばかり言ってて生暖かい目でみられる人生w
馬鹿としかいいようがないですねw

アンサー

多くの困難に挑戦せよ:甲子園から東大へ。市川武史さんが伝える夢を叶えるヒント
INTERVIEW, OBOG
甲子園100年目という節目の今年も、数々の熱闘が繰り広げられ大いに湧いた。そんな甲子園に都立高校初出場という歴史を刻んだのが、投手として都立国立高校を率いた市川武史さんだ。市川さんは甲子園に出場後、東大に入学する。高校の3年間でどんな目標を立て、どのように過ごしていくべきか。スポーツでも勉強でも目標を達成した市川さんに夢を叶えるヒントを求めて話を聞いた。(取材・平岡直樹 撮影・竹内暉英)
「気持ち」で負けるな
――高校時代は投手として甲子園を目指し都立国立高校で野球に打ち込みました
甲子園に行きたいという一心で野球に取り組みました。甲子園は昔からの夢。どちらかというと勉強より野球が高校生活の中心でしたね。
練習時間の多い私立高校に都立高校が勝つためには工夫が必要です。限られた練習時間の中で強豪私立並みに打撃を鍛えることは難しい。失点を最小にする、守りが強いチームを目指して守備の練習を多くしました。
――高3の夏、西東京大会で優勝します
高2のとき肩を壊し、そのまま冬を超えました。高3の春は監督の提案もあって横から投げるサイドスローへ転向しました。私立の壁を超えるため、フォームの変更など良いと思ったことを全てやりきって、絶対に負けないという強い気持ちで大会に臨みました。
西東京大会ではやはり思うようには得点を奪えませんでした。少ない点数を守り切る接戦が続きます。特に印象に残っているのは負ければ終わりというプレッシャーのかかる都立武蔵村山高校との初戦や、佼成学園との準々決勝です。佼成学園とは延長18回でも決着がつかず再試合となりました。
どんなに長く緊張の続く試合でも心掛けていたのは一つ一つ勝利していくこと。投手である自分はバックを信用し、バックは自分を信用してくれている。そうした信頼関係が、負けるはずがないという揺るぎない自信となりました。決勝では駒澤大学高校を破り甲子園出場を決めます。
――国立高校は都立高校として初めて甲子園に出場します
甲子園に出場する初の都立高校としてマスコミなどに注目されましたが、そうしたことはプレッシャーにはなりませんでした。自分たちの野球を精一杯する。注目はいつしか後押しへ変わりました。
甲子園初戦の相手は和歌山県代表で前年度春夏連覇を果たした県立箕島高校。四回に2点、五回に1点を取られ、点差を追う立場になりました。甲子園でプレーできることは本当にうれしかったですが、その夏で初めて負けるかもしれない、と焦りました。
結果は0対5で初戦敗退。対戦相手はくじで決まりますが、今でもくじ運が良ければ1、2勝できたのではと思うことがあります。
――入学した東大では硬式野球部に所属しました
甲子園を一つの区切りとして、学業に専念するため大学では野球を続けることは考えておらず入学当初はゴルフ部に所属しました。しかし大学生活に物足りなさを感じていた秋ごろに元監督から勧誘を受けたことや、高校の野球部同期が入部していたことがきっかけとなって東大硬式野球部に入部しました。
大学の野球はリーグ戦。同じ相手と戦う中で研究され対策されてしまいます。そうした状況で勝つために基礎体力を重視していた高校時代と変わり、投球の技術やピッチングの組み立てを学びました。レベルの高い大学野球でプレーできたことも今では本当に良かったと思っています。
OBとして現在の東大硬式野球部を見て思うのは、もっと自信を持ってほしいということ。今のチームは私の時代のチームより強いかもしれません。ただリーグ戦での連敗により敗北が頭をよぎり、集中力が途切れる場面もあったのではないでしょうか。
今春のリーグ戦で1勝を挙げ、連敗を止めたことは大きいです。試合の時に大切なのは「勝つんだという強い気持ち」で相手に負けないこと。自分たちの野球に自信を持ってこれからのリーグ戦に臨んでほしいです。
つらさを乗り越え
――高校時代は野球部の厳しい練習と勉強の両立をはかり1浪した後、東大に入学します
東大を目指したのは周りに同じ志を持った人が多くいたからです。結果としてバッテリーを組んでいたキャッチャーを含め、同期の野球部から現浪合わせて4人が東大に進学しました。
高校のときは部活が忙しく少ない時間で力を付けるため、とにかく授業に集中することを意識していました。部活を引退した9月以後は、全ての時間を勉強に注ぎました。懸命に勉強しましたが、現役では間に合わず浪人しました。
勉強するとき気を付けていたのは野球の時と同じですが、やる気がなくなったときにそこで終わりとせず、あと一歩、ほんの少しでも勉強を続けること。小さな継続が積み重なり、大きな成果につながるからです。
――甲子園出場という貴重な人生経験を積んできました
何か物事に取り組むとき、その思いが強ければ強いほど自然に行動がついてくるはずです。私は目標を決めたとき、自分はその目標を達成したいのだということを脳に強く思い込ませ行動に移すことを心掛けています。
もちろん行動を起こしても目標を達成できないことの方が多いですし、行動には困難もつきものです。暑い中、水の飲めないきつい野球の練習。高1のとき自分が投げた回での失点による西東京大会1回戦敗退。甲子園という目標を掲げ野球に打ち込んだとき、肉体的にも精神的にもつらいことが続きました。
しかしそうした経験が現在の自分を形づくっています。今、私はキヤノンの半導体デバイス要素開発センターで所長を務め、カメラのセンサー部の開発などに携わっています。何か形に残るものを後世に残したい。そんな思いで製品をつくる職に就きました。仕事で多少つらいことがあっても、野球部での経験を思い出せば耐えられる。つらいことに耐えた経験は自信に変わり自分を支え、仕事に前向きに取り組む力となります。
高校生の皆さんに伝えたいことは、広い世界でさまざまな経験を積むのが大切だということ。たくさん難しいことに挑戦してください。たくさんつらいことを経験してください。今という時間の中でどれだけ強い気持ちで頑張れるか。努力の過程で、自分への自信と豊かな人間性が培われるのではないか、と思います。
ご経歴
市川 武史 (いちかわ たけし)さん (キヤノン 半導体デバイス要素開発センター)
都立国立高校出身。投手としてチームを引っ張り、80年に都立高校として初めて甲子園に出場する。東大では硬式野球部に所属し,六大学野球で7勝を挙げる。86年理学部地球物理学科(当時)卒。卒業後はキヤノンに就職し、カメラのセンサー開発などに携わる。
【球界ここだけの話(216)】
西武の専務は“都立の星”国立高のセンターだった!!
今年は「高校野球全国大会創設100周年」。サンケイスポーツでは「激闘の記憶」と題した大型企画が始まった。
西武でも菊池雄星、野上、浅村、森、上本ら甲子園で伝説を残した選手はたくさんいるが、今年1月に就任した関洋二球団専務(52)が実は一番すごかった!?
1980年になんとあの都立国立高校で、西東京代表として甲子園の土を踏んでいる。もちろん“プロ入り”したのは関専務だけだ。専務といっても読者の方はピンとこないだろうが、西武の場合は、連盟の「実行委員会」など会議に出席し、チーム編成よりも対外的な仕事の方が多い。オーナー、球団社長に続くナンバー3の取締役で、つまりすごく偉い人だ。
私立の強い東京で都立校が甲子園に出ることは不可能に近く、西東京では後にも先にも国立高だけ。しかも屈指の秀才高で“都立の星”と東京中が大騒ぎになった。関さんは「僕なんて“なんちゃって”ですよ。あのチームは市川武史さんがすごかったんです」と謙遜するが、2年生ながら背番号「15」でベンチ入りし、1回戦の箕島高戦に「8番・センター」で先発出場している。
市川武史さんとは国立高のエースで、予選の8試合91イニングをひとりで投げ抜き(準々決勝の佼成学園戦は延長18回引き分け再試合)、東大に進学し東京六大学で7勝を挙げている。
当時の動画を見ると、市川さんはヒーローインタビューで「“やった”よりも先に“ヤバイな”という感じ。甲子園でまともに戦えるのか…」と冷静に語っているが、1回戦で箕島高に0-5で敗戦。強豪校を5点に抑えている。「箕島と2回戦で対戦した高知商業の中西清起さん(阪神投手コーチ)が0-5でうちと同じスコアだったんですから。市川さんはすごい投手ですよ。東京大学で7勝しているのが、本当の実力を示していると思います」(関専務)。
1回戦で箕島高と当たったのが不運で、別の高校と対戦していれば、勝ち進んでいたかもしれない。
この1980年の東東京代表が、準優勝した早実高。1年生の荒木大輔さんが“大ちゃんフィーバー”を起こした年で、東京代表の両校とも後世まで語り継がれているのだから、今考えるとすごい年だ。
「入場行進が横浜、国立、早実の順で。うちの両側が決勝戦で対戦したんですからね」と関さんは懐かしそうに振り返った。
関専務は慶大で体育会の準硬式野球部でプレーし、西武鉄道に入社。1月に球団専務となり、3月に阪神とのオープン戦で、35年ぶりに甲子園の土を踏んだ。
こんな“ドラマ”があるところも、高校野球人気の秘訣なのだと思う。(塚沢健太郎)
◆高校サッカーなんてやっている人って頭悪いんですか?
将来まーーーーーったく役に立たないことを一生懸命になっていてw
高校ラグビーなんてやっている人って頭悪いんですか?
将来まーーーーーったく役に立たないことを一生懸命になっていてw
高校ボクシングなんてやっている人って頭悪いんですか?
将来まーーーーーったく役に立たないことを一生懸命になっていてw
高校で部活(吹奏楽、美術、写真、競技かるた、陸上、柔道等)なんてやっている人って頭悪いんですか?
将来まーーーーーったく役に立たないことを一生懸命になっていてw
◆他のスポーツや文化部は?
◆君ほど頭が悪くないだろ。
◆こういう人は何に一生懸命になるんだろうか?
知恵袋で他人煽ること?
◆お前よりは100倍立派だわ


質問タグ:市川武史,甲子園,佼成学園,大金持ち,同級,一生低学歴,生暖かい目

-竹内力
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