清水宏次朗

【ネット】80年代アイドル。 あなたにとっての全盛期では、どちらに軍配が上が...

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【ネット】80年代アイドル。 あなたにとっての全盛期では、どちらに軍配が上が...

80年代アイドル。 あなたにとっての全盛期では、どちらに軍配が上が...

80年代アイドル。
あなたにとっての全盛期では、どちらに軍配が上がりますか? 1.田原俊彦vs近藤真彦
2.少年隊vsシブがき隊
3.吉川晃司vsチェッカーズ
4.野村宏伸vs清水宏次朗
5.松田聖子vs中森明菜
6.小泉今日子vs薬師丸ひろ子
7.河合奈保子vs岩崎良美

アンサー

世代が違うので他は比べ方が分かりませんが、6について、回答者さんの中に小泉今日子さんを挙げているのは、正気なのでしょうか??薬師丸ひろ子に訂正して頂けませんか??レベルが雲泥の差過ぎて薬師丸ひろ子に失礼極まりないです。小泉今日子さんに負けてるとか完全にあり得ないことです。
【薬師丸ひろ子 時代 1988年】
まず、この動画を見たら分るように、薬師丸ひろ子はただ突っ立って歌うだけでこれだけの【かわいさ・愛くるしさ・エロさ・純粋さ・ピュアさ・初々しさ・直向きさ・誠実さ】を出せてるのはまさにアイドルとして奇跡の存在。
小動物的で身長も150cmにも満たないのに均整が取れているほど小顔で狸顔で愛らしい。おまけに非常に短足なのに、その短足までもを可愛さにして売りにしているのは、これは画期的なことで薬師丸ひろ子にしか出来ない偉業です。これは薬師丸ひろ子が究極の可愛さだからこそ、短足でも可愛いということなのです。玉置浩二の会報でも薬師丸の足だけが映った表紙がファンクラブで配られたほどです。
おまけに、声の透明感と歌の上手さも素晴らしく、どれをとっても小泉今日子さんに負けてるわけがないのです。票を間違えた人は、良いものを見極める能力に欠けてるとしか思えないので、僕の投稿を読んで、もう一度考え直してほしいです。
小泉さんは、ただオシャレな格好をしてキャンキャン跳ねてるだけじゃないですか?なんちゃら天国っていう映像を見たことがありますが、あんなのは安っぽいだけでしょう。歌のレベルは雲泥の差だし、あんなのと比較するなんて薬師丸ひろ子に失礼極まりない。
以下同様
【薬師丸ひろ子の小悪魔的な魅力炸裂 紳士同盟 1986年】
【あなたをもっと知りたくて 1985年】
【清楚感の極み! 60年代風のダサく古風な見せ方でここまで可愛く清楚に魅せれるのは薬師丸ひろ子だけ!!】
このように、薬師丸は魅力の幅もあり、どんな見せ方でも可愛いという最強アイドルでしょう。
【49歳にして、この歌姫の貫禄!大人の色気が炸裂アラフィフ最強アイドルへ進化!! セーラー服と機関銃 2013年 】
歌の上手さも磨きがかかりドッシリとし、若作りをするだけじゃなく、しっかり50代大人の見せ方をしてこれだけの可愛さと貫禄を出した49歳の薬師丸ひろ子も、ここでもなお全盛期に相応しい。
つまり、どこ時代をとっても、小泉さんに負けてるなどありえない。
20代の自分からしたら、この結果は、謎でしかありません。
動画を見ての再評価をお願いします。
◆いやあ、私が曖昧な捉え方の質問をしてしまったからいけないのです。どっちかというと軍配があがるかというのは、どっちが好きかといったところでした。でもどちらでもいいのです。「あなたにとって」だから同じことです。
因みに私としては薬師丸ひろ子の方が好いですよ。
それから短足でちっちゃくても、好いタレントは人気は出るのです。
チェッカーズのフミヤはメンバーの中で一番ちっちゃいです。
60年代のザ・タイガースで人気があったのはジュリーとトッポ。二人はメンバーの中でもっとも背が低かったです。
◆1 近藤真彦
2 少年隊
3 吉川晃司
4 野村宏伸
5 松田聖子
6 小泉今日子
7 河合奈保子
吉川晃司は今も全盛期ですね。
◆1.田原俊彦
2.少年隊
3.吉川晃司
4.野村宏伸
5.中森明菜
6.薬師丸ひろ子
7.河合奈保子
これは意外と難しかった。
ハッキリ決められたのは7だけ、後は全部消去法。
特に5と6に関してはどっちでも良かった(笑)のだが、松田聖子と小泉今日子は特に好きな歌とかがないんで、何曲か好きな歌がある方の中森明菜と薬師丸ひろ子にした。
◆すみません。リアルタイムじゃありませんけど。
1田原俊彦
2少年隊
3チェッカーズ
4野村宏伸
5中森明菜
6薬師丸ひろ子
7河合奈保子
全員の代表曲くらいは知ってます。特に中森明菜さんが好きです。
◆1、田原俊彦
2、シブガキ隊
3、チェッカーズ
4、清水宏次郎
5、中森明菜
6、小泉今日子
7、河合奈保子
明菜ちゃんと奈保子ちゃん昔から好きです。
◆「私にとって」でいいんでしょ
1.近藤真彦
2.絶対?少年隊?
3.吉川晃司(実はどっちでも、どうでもいい)
4.野村宏伸
5.中森明菜
6.薬師丸ひろ子
7.河合奈保子


質問タグ:河合奈保子,薬師丸ひろ子,小泉今日子,野村宏伸,河合奈保子vs岩崎良美,チェッカーズ,野村宏伸vs清水宏次朗

【2018年度】70年代のアイドル、 あなたの好みではどちらに軍配が上がりますか?...

70年代のアイドル、 あなたの好みではどちらに軍配が上がりますか?...

70年代のアイドル、
あなたの好みではどちらに軍配が上がりますか? あなたにとっての全盛期でお答えください。
1.城みちるvsあいざき信也
2.野口五郎vs西城秀樹
3.郷ひろみvsフォーリーブス
4.南沙織vs天地真理
5.麻丘めぐみvs山口百恵
6.岩崎宏美vs太田裕美
7.沢田研二vsにしきのあきら

アンサー

懐かしいですね!
1.あいざき進也
いずれも素人オーディション番組からデビューで、歌唱力では良い勝負だと思います。どっちを選ぶかというと「イルカに乗った少年」よりも「気になる17才」の方が楽曲と好きだという点でこちら。
2.野口五郎
野口五郎は「オレンジの雨」で、西城秀樹は「情熱の嵐」で方向性がはっきりして、売れていきましたが、当時の芸能雑誌「明星」で詞の公募で選ばれたオレンジの雨という言葉が好きだったのと、西城秀樹がYMCA(ヤングマン)とか眠れない夜とかカバー曲に突入して見失った感を否めないので五郎さん。
3.フォーリーブス
ジャニーズの中ではやはり一番じゃないですか?その後ジャニーズJr.スペシャルとか続々と出てきてもこの高みまで到達できたとは思えない・・今現在も。なんかどんどん歌が下手になっていないかな、ジャニーズ。。ということでこの4人組
4.南沙織
筒美京平さんの楽曲に恵まれたと言うこともあるかもしれないけど、歌謡曲のレベルを洋楽POPと引けを取らないくらいまで上げた功績は大きいと思う。「色づく街」は今でもJPOPの名曲。芸能界辞めた後の評価の差かな。
5.山口百恵
もう存在感自体が比較がないくらいだと思う。現役時代は1度しか生で見ていないけど、オーラが凄かった。
麻丘めぐみとvsするのならアグネスチャンあたりじゃないかなぁ。
6.岩崎宏美
太田裕美も悪くないけど。POP路線の岩崎とフォーク路線の太田。どちらも名曲多いけど、「ロマンス」で岩崎をチョイス。
7.このお題だと沢田研二を挙げます。
歌声の艶は一品ですね、危険な二人でタイガースのジュリーから一皮むけたと思う。エンターティナーとして飽きさせない演出もいいです。
ただVSとして比較するのなら、沢田研二VS萩原健一、にしきのあきらVS野村真樹という図式じゃないかなぁ。
◆1.私はイルカに乗った少年だけではよかったです。でも一発屋でしたね。
2.ゴローは十代のときの方がマスクも発生も歌唱も叫びもバツグンでした。あのままいっていたら今でもゴローの方が一般に人気があったと思っています。
3.フォーリーブスはジャニーズの中で一番の歌唱力ですね。青山孝史の声とビブラートは宝石です。JJSですか…懐かしい。郷ひろみの後ろで踊ってたJrのメンバーと高校の同級生で、歌番組に向かう直前に卓球やったことあります(笑
4.南沙織は17才と潮風のメロディがいいなあ…ハイティーンの青春を感じるんです。
5.いえてます(笑
めぐみは可愛かったもんでつい(^-^;
7.ほんと、そうですね。質問するとき、頭がボケていたかもしれません。
◆こんばんは
懐かしいですね!!
私は
城みちるさん
野口五郎さん
郷ひろみさん
天地真理さん
麻丘めぐみさん
太田裕美さん
沢田研二さん
です!!
◆難しいけど・・・
1.あいざき進也・・・こちらの方が長続きしたし、脚も長かった。
2.西城秀樹・・・こちらの方が脚が長かったし、歌唱力も上だった。
3.郷ひろみ・・・元々フォーリーブスの増員メンバーで差は無い。
4.南沙織・・・こちらの方が長続きしたし、スタイルもよかった。
5.麻丘めぐみ・・・こちらの方が長続きはしなかったけど、可愛かった。
6.岩崎宏美・・・こちらの方が断然長続きしたし、歌唱力も上だった。
7.沢田研二・・・こちらの方が断然長続きしたし、可愛かった。
◆1.あいざき進也
(城みちるは一発屋の印象で顔も好みじゃなかった。あいざき進也は女性っぽくて昔は好きじゃなかったけど、歌が上手いとは思っていた。今でも歌の上手さは健在)
2.西城秀樹
(子供の頃はハード過ぎて好きじゃなかったけど、やっぱりあの自己陶酔と派手なアクションは今のアイドルにはない凄さがある。野口五郎は地味な印象であまり好きじゃなかった。)
3.フォーリーブス
(郷ひろみは18歳まではカワイかったけどそれ以降は好みじゃなくなった。
フォーリーブスは4人がとても個性的でそれぞれ違うタイプのイケメンで歌が上手く名曲が沢山ある。当時の北公次と江木俊夫の美しさはため息もので、青山孝史の歌唱力は神がかっていた。)
4.南沙織
(歌はもちろん上手いけど、おりも政夫とのデュエットは素晴らしかった。エキゾチックな容姿が魅力的だった。)
5.麻丘めぐみ
(リアル世代じゃないけど、従兄弟の家に遊びに行くと沢山ポスターが飾ってあって、もの凄くカワイかったのを覚えている。)
6.岩崎宏美
(3年位前にリサイタルに行った時、全生歌で声は衰えていなくて、さすがだと思った。この人の歌でテレビの某オーディションに出た事があるので思い入れが強い。落ちたけど(汗))
7.どっちも同じくらい
◆アイドルとして顔やスタイルの好みは
1.あいざき進也>城みちる
2.西城秀樹>野口五郎
3.郷ひろみ>フォーリーブス
4.南沙織>天地真理
5.麻丘めぐみ>山口百恵
6.太田裕美>>岩崎宏美
7.沢田研二>>にしきのあきら
歌手として歌声の好みは
1.城みちる>あいざき進也
2.西城秀樹>>野口五郎
3.フォーリーブス>>郷ひろみ
4.天地真理=南沙織
5.山口百恵=麻丘めぐみ
6.岩崎宏美>>太田裕美
7.沢田研二=にしきのあきら
アーティストとして楽曲の好みは
1.あいざき進也>城みちる
2.西城秀樹>野口五郎
3.郷ひろみ>>フォーリーブス
4.天地真理>南沙織
5.山口百恵>>麻丘めぐみ
6.岩崎宏美>>太田裕美
7.沢田研二>>にしきのあきら
◆1.城みちる
2.西城秀樹
3.郷ひろみ
4.天地真理
5.山口百恵
6.太田裕美
7.沢田研二


質問タグ:フォーリーブス,あいざき進也,麻丘めぐみ,天地真理,野口五郎,郷ひろみvsフォーリーブス,にしきのあきら

【効果抜群】元大洋の山下律夫投手を知ってますか? 1969年 巨人はすんでのところ...

元大洋の山下律夫投手を知ってますか? 1969年 巨人はすんでのところ...

元大洋の山下律夫投手を知ってますか? 1969年
巨人はすんでのところで四年ぶりの不名誉な記録を残すところだった。七回まで長島の2四球だけ。しかも、山下を予想しての五番以下に三人並べた左打者にまったく快音が出ず、長島を二塁に進めることもできなかった。これでは川上監督でなくても、手の打ちようがあるまい。荒川コーチは「ノーヒット・ノーランも仕方がない」と一時はあきらめたそうだ。八回二死で、川上監督は代打に金田を起用した。おそらく三万六千人の観客の大半を占めるだろう巨人ファンへ、せめてものサービスだったのかもしれない。ところが、これが巨人唯一のヒットになったのだから皮肉な話である。「ああ、ヒットだな」山下はワン・バウンドで頭上を越えていく打球を見ながら、思ったそうだ。「がっくりしなかったといったらウソになるでしょう。でも完投が目標だったから・・・。なかなか出来る記録じゃないですからね」と少しも無念さを表情に出さない。ストレート、カーブ、シュート、すべて満足できる出来。とくにコントロールのよさが、巨人打線をキリキリ舞いさせたピッチングをささえていたようだ。ことしの大洋について、長島は「投手がいいね。とくに山下」と山下の名を一番にあげていたし、この日の巨人も山下の先発を予想して、対策も十分練っていたはずである。だが「高橋スコアラーもいっていたが、あれだけ威力のあるタマをコーナーいっぱいに決められたら、打てないよ。まあ一年に一度や二度はこんなこともあるだろう」荒川コーチも完全にお手上げだったようだ。マークし、対策を立て、試合中にエンジンを組んでも、絶好調の投手を攻略するのはむずかしかった。しかし、荒川コーチは「江夏や安仁屋みたいにしようがないという感じじゃないよ。いまに20安打も浴びせて、打ち込んでみせる。苦手とか、こわい存在じゃない。きょうだってベンチで指示するまで、だれもバントをしようとしなかった。こんどは一塁側バントでゆさぶるよ」と山下攻略に新たな意欲をもやしている。一方の山下は「なんとなく自信があるんです。点をとられる気がしませんね」と巨人への自信をすっかり深めたが、くふうを重ねた巨人打線と山下の次の対決が見ものである。

アンサー

以前学習しましたね。
知ってます。
松山商では、2年の時、1961年の夏の甲子園に出場。
2回戦で報徳学園に敗退。翌1962年の春の甲子園では準決勝に進出。
同年に春夏連続優勝した作新学院の八木沢荘六、加藤斌両投手と投げ合い、延長16回の熱戦の末に惜敗している。なお、高校の1学年上に千田啓介が、2学年下に藤原満がいた(藤原は大学時代もチームメイトであった)。
卒業後は近畿大学へ進学。関西六大学リーグでは、1966年の春季リーグ戦で9勝を挙げ、近畿大学のリーグ初優勝に貢献している。
このシーズンのチームには前出の藤原のほか、有藤通世も在籍していた。
同年の全日本大学野球選手権大会では決勝で日大に敗れ準優勝。
リーグ通算40試合登板、18勝11敗、204奪三振、防御率1.11という成績を残した。
1966年第二次ドラフト1位指名で大洋ホエールズに入団。
1968年に一軍に定着し、翌1969年にはチーム最高の15勝をあげる。その後も先発投手の1人として活躍、平松政次らと共に長く弱小チームを支えた。
1976年には先発を外れ、抑えに起用されるが結果を残せなかった。
1977年、関本四十四との交換トレードでクラウンライターライオンズに移籍。
1年目は先発陣の一角としてチーム1位の12勝を記録、1980年10月には通算100勝を達成したが、徐々に成績が低下する。
1982年のキャンプイン前に片平晋作内野手・黒田正宏捕手との交換トレードで山村善則内野手と共に南海ホークスに移籍する。しかし力の衰えは隠せず、同年オフに現役を引退した。
その後はテレビ埼玉で、野球解説者を務めた。
得意の球種は、ナックルボール。
通算505試合登板
103勝101敗16S
防御率3.64
背番号
12 (1967年 - 1969年)
17 (1970年 - 1982年)
巨人、阪急、近鉄も狙ってましたね。


質問タグ:荒川コーチ,山下律夫投手,すんでのところ,長島,巨人打線,作新学院,千田啓介

-清水宏次朗
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