木下双葉

【納得!】『恐るべき事態! 福島原発事故「消えた避難者3万人」はどこへ? 』20...

投稿日:

【納得!】『恐るべき事態! 福島原発事故「消えた避難者3万人」はどこへ? 』20...

『恐るべき事態! 福島原発事故「消えた避難者3万人」はどこへ? 』20...

『恐るべき事態! 福島原発事故「消えた避難者3万人」はどこへ? 』2018/3/11

「浪江町で避難指示解除された人は1万5191人。帰還した人は解除の10ヵ月後でも311人と2%。その3分の1が町職員だ。」
「解除されても70歳以下は誰も戻ってない」

政府はすべて収束したとしている?忘れようとしている?
とんでもない話では?
本当は、この方法の復興は不可能なのでは?

東日本大震災の被害の本質は、原発事故?
復興の本質は、原発事故からの復興?

こんな状況で、なぜまだ原発再稼働なのか?
・・・
『福島原発事故「消えた避難者3万人」はどこへ行ってしまったのか』2018/3/11 現代ビジネス
「3.11から丸7年。避難指示解除が進んだ福島第一原子力発電所近隣地域で進む恐るべき事態とは? 見せかけの「復興」が叫ばれる一方、実際の街からは、人が消えている。 メディアが報じない「不都合な真実」を、新聞協会賞三度受賞の若手女性ジャーナリストで、『地図から消される街』の著者・青木美希氏が描いた。
■「帰らない」ではなく「帰れない」
福島第一原子力発電所事故のため、原発隣接地区では大小数百の集落が時を止めた。
2017年春には6年にわたった避難指示が4町村で解除された。3月31日に福島県双葉郡浪江町、伊達郡川俣町、相馬郡飯舘村、4月1日に双葉郡富岡町で、対象は帰還困難区域外で計3万1501人。
だが帰還した人は、解除後10ヵ月経った18年1月31日、2月1日時点で1364人(転入者を除く)と4.3%にとどまる。
いま現地で何が起きているのか、人々はどうしているのか。
2017年11月中旬、筆者は浪江町の中心街を訪れた。
福島の地方経済を支える東邦銀行浪江支店の旧店舗が静かにたたずんでいる。本屋や酒屋だった店舗の軒先には雨をしのぐ青いテントが破れて垂れ下がり、何の店だかわからなくなっている。「撤去作業中」という青いのぼり旗も立つ。更地になっている場所も目立った。
この中心街の一角に、消防団の高野仁久さん(56)の看板店がある。
静まりかえった街で、店も息をひそめているかのようだった。店舗奥の玄関の戸を横にガラガラと開ける。土とほこりのにおいがする。床に散らばる箱や食器……。床が見えないほどだ。ところどころが黒い。土も見える。居間の日めくりカレンダーは、2011年3月11日のままだ。
「みんな動物のせいだ。ほれ」
高野さんが指をさす。居間の床や床に落ちたノートの上に、黒々とした固まりが載っている。土かと思ったのは、動物の糞が山積みになっているものだった。
「あそこから出入りしてると思うんだけど。ハクビシンだと思う」
「もう帰れない。壊すしかないよ」と言いながら、高野さんの太い眉毛の下の目は、じっと家の中を見つめていた。
帰還できない人たちに対し、「ふるさとを捨てる」「勝手に避難している」と非難する声を、霞が関をはじめ東京都内でも福島県内でも聞く。一方で、帰れない人が大勢いるという現実はすっかり報道されなくなった。高野さんは言う。
「子どもたちは放射線量が高いからと帰ってこない。自分一人でも帰ってこようかとも思ったけれども、誰も帰ってこないのに、どうやって看板屋をやればいい? 客がいないと誰も商売が成り立たない。子どもたちを食べさせていけない。
2017年に入って同級生が自殺していく。2人目だ。どうしていいかわからないからだ。」
浪江町中心街の商店会で元の場所で再開しているのは、2018年1月時点で47事業者中、2業者だけだ。看板店の仕事は、以前は月30~40件だったが、いまは月1~2件しかない。町内の工場を閉鎖しているため、木製看板の彫刻しかできないからだ。東京電力の賠償が切れたら、貯金を食いつぶしていくしかない。
「これからどうしたらいいのか、寝るときに布団で考えて、答えが出なくて、考えているうちに朝になっている……」
高野さんはせつせつと語る。悲痛な叫びは世間に伝わらない。
■みんなバラバラになってしまった
かつての東邦銀行など金融機関、美容院や喫茶店、商店など約60店舗のうち、7割が廃屋状態、2割は更地になっていた。「建物解体中」の旗も立っていた。歩道にもあちこち草が生えている。通常営業しているのは、工事車両が出入りするガソリンスタンド2軒と美容室のあわせて3店舗だった。
町外コミュニティ(仮のまち)をつくろうと呼びかけてきた一人、神長倉さんは、「結局、浪江町長の協力が得られずだめだった。外に街をつくると浪江に帰る人が少なくなるということかと思う。国がもともと帰す方針だったので、帰るのが望ましく、外に街をつくるのは認めたくなかったというのがあるのかと。チェルノブイリではできたのに、福島ではできなかった」と落胆する。
「復興政策はうまくいっていない。みんなバラバラになってしまった。帰る人に手厚く、帰らない人の支援を打ち切るということでは心も離れ、浪江がなくなってしまう……」

アンサー

みんなバラバラになってしまった
ゼンリンの住宅地図を手に、再び浪江町の中心街を歩く。
この地図は2010年に発行されて以降はつくられていない。18年1月時点ではつくる予定もないとのことだった。見ると、東邦銀行など金融機関が並び、美容院や喫茶店、商店など約60店舗がひしめいている。
ところがいまは、建物が傾いたり、壁が倒れた廃屋が並ぶ。看板がもう読み取れないものもある。
地図をチェックしながら周囲の450メートルを歩く。約60店舗のうち、7割が廃屋状態、2割は更地になっていた。「建物解体中」の旗も立っていた。歩道にもあちこち草が生えている。通常営業しているのは、工事車両が出入りするガソリンスタンド2軒と美容室のあわせて3店舗だった。美容室は「OPEN」ののぼりが立っていたが、出入りする客を見かけることはなかった。
「いちばん賑やかだった通りです」と避難している人に紹介されて歩いたのだが、ここは名前を何というのだろう。聞こうにも誰も歩いていない。相変わらず遮さえぎるものがないために風が冷たい。
通りから200メートル離れた警察署に行き、パトカーの横にいる警察官たちに地図を示して聞いた。
「わからないなあ」
一人が、地図を持って周りの警察官に聞いてくれた。
「駅前通りじゃないの?あそこ、十日市とかやってたから」
十日市という行事があったのを知っているということは、地元を知る警察官のようだ。しかし、「駅前」というと、一般的には駅前から延びている通りを指すと思うが、地図で示した通りは駅前を通らず、線路と平行に走っている。違うかもしれない。
通り沿いにある「ホテルなみえ」のフロントに行った。このホテルは、もともとは中心街のホテルとして屋上ビアガーデンや宴会でも使われ、賑わっていたが、いまは町民が一泊2000円で宿泊できるようになっている。男性がいた。
「この前の通りって、なんていう名前ですかね」
「さあ、わからないね……。もともとここに勤めていないから」
仕方なく、翌日、福島県二本松市に移転している浪江町商工会に電話をして、「この通りの名前と商店会の名前を教えてください」とお願いし、地図をメールした。5時間後に回答があった。
「シンマチ商店会通りです。新しい町、と書きます。新町商店会通りです」
しんまち。新町商店会。通りのバス停に「新町」と書いてあったのを思い起こした。駅前通りではなかったのだ。急に、あの商店会が色彩を持ったように感じた。美容室は白地に緑色の看板、ガソリンスタンドは黄色い屋根だった。ホテルは薄い緑色の壁。
インターネットで「新町商店会」を調べると、いくつかホームページが出てきた。浪江の中心街として、夏は盆踊り、秋には十日市という屋台が並ぶイベントを開催していたと載っていた。
中心街の名前すら、現地ではもうわからない。近所の人の消息が4年もわからない。街が名前をなくす現実を目の当たりにした。
前出の高野仁久さんに聞いたところ、「新町ね。権現堂地区の者じゃないとわからないだろうねえ。みんな全国に散らばってるからね」と話した。
新町商店会の仲間とともに二本松市で活動しているまちづくりNPO新町なみえの神長倉豊隆理事長に話を聞いた。
「私が商店会で経営していた花屋も取り壊す予定です。戻る人がほとんどいない。町内の自宅のある地区に戻って、そこで花の生産をやろうと思っています」
神長倉さんは、「廃炉作業には30年以上かかる。ゆっくりと町民が安全を確認しながら帰還してもいいのでは」と町外コミュニティ(仮のまち)をつくろうと呼びかけてきた一人だ。
「結局、浪江町長の協力が得られずだめだった。外に街をつくると浪江に帰る人が少なくなるということかと思う。国がもともと帰す方針だったので、帰るのが望ましく、外に街をつくるのは認めたくなかったというのがあるのかと。チェルノブイリではできたのに、福島ではできなかった」と落胆する。
ともに町外コミュニティを目指していた浪江町商工会の原田雄一会長は、「福島市長に要請に行ったときは、市長が『福島市浪江区にしてもいい』とまで言ってくれたのに」と悔やむ。
なぜ馬場町長は消極的で、結果的に頓挫したのか。雑誌の取材に対し興味深い発言をしている。
「(町外コミュニティのために復興特区にする)計画を国にどうしても認めてもらえなかった」と漏らし、強引に突破をはかれば、「復興予算のしめつけがあるかもしれない」と述べているのだ。
経緯を確かめようと、2018年2月、町秘書係に馬場町長への取材を申し込んだが、3ヵ月前から福島市の病院に入院しているため取材を受けられないとのことだった。役場内に発言の背景を知る職員は見つからなかった。
原田さんは嘆く。
「復興政策はうまくいっていない。みんなバラバラになってしまった。帰る人に手厚く、帰らない人の支援を打ち切るということでは心も離れ、浪江がなくなってしまう……」
「明るいコト」しか報道されない
「報道は、復興が進んでいるという面ばかり積極的に伝える」と、県内に住む人に言われることがある。たとえば「復興の象徴」として、避難指示解除から1週間ほど経った2017年4月8日、安倍晋三首相が浪江町の仮設店舗を訪れた。スーツ姿や法被姿の人たちが出迎え、このときの模様は明るいニュースとして大きく報じられた。
東京では、いまや事故のことが口に出されることが少なくなり、いつも通りの生活が営まれている。
現実はどうか。浪江町で避難指示解除された人は1万5191人。帰還した人は解除の10ヵ月後でも311人と2%にすぎない。その3分の1が町職員だ。
人は辛いことを忘れようとする。誰かが苦しんでいる姿は、見たくないかもしれない。
けれど福島第一原発から約30キロの南相馬市に行くと、僧侶や市議、会社員たちから口々に、「現状を伝えてほしい」と求められる。
「政府はすべて収束したとしている。とんでもない」
「解除されても70歳以下は誰も戻ってない」
その訴えは切実なものばかりだ。
打ち切られていく「避難者支援」
2017年の住宅支援打ち切りで起こったのは、避難者の名目の数の大幅減少だった。
復興庁は、避難者数を各都道府県から聞いて取りまとめているが、避難者の定義を定めなかった。このため、避難者の数え方が各自治体で異なる。福島県では、復興公営住宅に入った人や住宅提供が打ち切られた人は避難者から除かれた。
そのため、自主避難者の住宅提供打ち切りを機に、避難者数は全国で2017年3月から7月の4ヵ月間で約3万人減り、8万9751人とされた。こうして「避難者」という存在は数字上、消えていく。
「自分たちは避難しているのに、勝手に数から除外されるのはおかしい」
「数をきちんと把握せずして、国はどのように避難者支援政策をするというのか」
当事者や大学教授らからは疑問の声が上がっている。福島県庁に聞くと、県職員は「避難者として数えられていないからといって支援が届かないということはない」と言う。一方で県は、総合計画「ふくしま新生プラン」で、避難地域の再生として「2020年度に県内外の避難者ゼロ」の目標を掲げている。
東京・多摩地域のあきる野市では、住宅支援打ち切り後、自ら避難者登録を取り下げた避難者の母子家庭の母親がいた。理由は明かさなかったという。地元市議は「もう避難者であることのメリットもないし、知られたくないということではないでしょうか」と語った。
「打ち切られると経済的に暮らしていけないので、戻ります」と福島県に帰り、避難をあきらめた母子からも話を聞いた。
ある40代の母親は、福島市に戻っても不安で、子どもは県外で保育を行う保育園に通わせている。民間の「保養事業」にも積極的に参加し、東京都町田市などで夏休みを過ごすが、「保養の申し込みの倍率がすごく高くてたいへんです。戻ってきた母親が同じように不安を抱えているのでは」と話す。
この保養も寄付金減のため縮小傾向にある。子ども・被災者支援法は「国は自然体験活動等を通じた心身の健康の保持に関する施策を講ずる」と定めており、国が保養を実施してほしいという要望書や署名が出されている。
旧知の官僚幹部に見解を尋ねた。
「いつまでも甘えていると、人間がダメになる。パチンコや酒浸けになって何もいいことがない」
健康影響が心配な人たちがいるんだと言うと、断言した。
「将来、集団訴訟が起きて、国が負けたら、何か法制度をつくって救済するということになるでしょう。水俣病と一緒ですよ」
【記録】2011年3月14日11時1分
臨界による核爆発が起きる(2011年3月14日、日本テレビお昼のニュースより)
この映像を流した責任を問われ、日テレ報道局デスク木下黄太氏は、日本テレビを退職することになった
youtu.be/0S15pZvEOFk
福島の真実がここにあります。真実を知りたい方はぜひご覧ください →
脱被ばく実現ネット(動画)
【必見・拡散『チェルノブイリ・ハート』無料配信】
映画『チェルノブイリ・ハート』は、一人でも多くの日本人に見せてください
無料で見られます
一億人が見たら変わります
一人でも多くつないでください
www.youtube.com/watch?v=Vhb5pCXMkxU&list=PLjF4tckxD_cLpvJ6Y-kobaOGC4MeMUgG_
◆とりあえず、誰も住みたがらないので、いっそのこと国会議事堂をそこに立て直せばいいのでは?


質問タグ:神長倉,高野仁久,東邦銀行,浪江町,青木美希,避難者,新町商店会

【マル秘】当時の「モーニング娘。」のメンバーの写真です。 誰がどこにいるの...

当時の「モーニング娘。」のメンバーの写真です。 誰がどこにいるの...

当時の「モーニング娘。」のメンバーの写真です。
誰がどこにいるのか、
分かる方は、お願いします。

アンサー

向かって左から
上段:高橋愛、辻希美、矢口真里、安倍なつみ、加護亜依、紺野あさ美
下段:新垣里沙、飯田圭織、石川梨華、後藤真希、吉澤ひとみ、保田圭、小川麻琴
1期:2名 安倍なつみ、飯田圭織
2期:2名 矢口真里、保田圭
3期:1名 後藤真希
4期:4名 吉澤ひとみ、石川梨華、辻加護
5期:4名 高橋愛、新垣里沙、小川麻琴、紺野あさ美
◆↓なんで左から書かないんだ??
◆前例右側から、小川麻琴、保田圭、吉澤ひとみ、後藤真希、石川梨華、飯田圭織、新垣里沙。
後列右側から紺野あさ美、加護亜依、安倍なつみ、矢口真里、辻希美、高橋愛、ですよ。


質問タグ:モーニング娘。,紺野あさ美,吉澤ひとみ,飯田圭織,安倍なつみ,小川麻琴,辻希美

【マジ】椎名へきる 吉田小南美 笠原弘子の3人はそれぞれどんな魔法を使えます...

椎名へきる 吉田小南美 笠原弘子の3人はそれぞれどんな魔法を使えます...

椎名へきる 吉田小南美 笠原弘子の3人はそれぞれどんな魔法を使えますか

アンサー

魔法はつかえません
2次元と3次元の混同が激しいようです
◆魔法を使うことはできません


質問タグ:吉田小南美,笠原弘子,椎名へきる,それぞれどんな魔法,魔法,混同,3人

【効果抜群】椎名へきる 吉田小南美 笠原弘子の3人が東京タワーの展望台に行ったら...

椎名へきる 吉田小南美 笠原弘子の3人が東京タワーの展望台に行ったら...

椎名へきる 吉田小南美 笠原弘子の3人が東京タワーの展望台に行ったらどうなりますか

アンサー

どうにもなりません
◆今なら、特になにもないでしょうね。
レイアースが放送されていた当時であれば、もしかしたら、今でいうところの聖地巡礼宜しく、ファンが東京タワーを訪れていたりなんかしたかもしれないので、そういう人ならば、あの御三方が一緒にいたりすれば、目ざとく気が付くでしょう。
そうなれば、そこそこに騒ぎにはなったかもしれませんね。


質問タグ:吉田小南美,笠原弘子,椎名へきる,東京タワー,展望台,レイアース,聖地巡礼

-木下双葉
-, , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , ,

Copyright© タレント迷館 , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.