本山力

【完全版】山口組屈指の武闘派幹部が、創価学会と暴力団の繋がりを告白。 この事...

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【完全版】山口組屈指の武闘派幹部が、創価学会と暴力団の繋がりを告白。 この事...

山口組屈指の武闘派幹部が、創価学会と暴力団の繋がりを告白。 この事...

山口組屈指の武闘派幹部が、創価学会と暴力団の繋がりを告白。
この事実をどう思いますか? 「フライデー」平成22年5月28日号
山口組屈指の武闘派として恐れられた大幹部が初めての自叙伝を上梓!
一宗教法人が、実は暴力団組織の力を利用し、国政を左右するほどまでに勢力を伸ばしていたとなれば、その法人格は即刻、剥奪されて然るべきだろう。創価学会が犯した大罪を、あの元組長が激白した――。
全国827万世帯に信者を持つと言われる巨大宗教団体・創価学会に、大スキャンダルが持ち上がった。同団体のさまざまな活動において、名誉会長の池田大作氏(82)の了解のもと、ヤクザの協力を仰いでいたとする証言が飛び出したのだ。
その当事者として名乗り出たのは、一昨年まで日本最大の極道組織・山口組の2次団体、後藤組(本部=静岡県富士宮市)を率いていた後藤忠政氏(67、本名・忠正)である。後藤氏はこのほど、自身初の自叙伝『憚りながら』(宝島社刊=5月15日発売)を上梓。同書は、山口組きっての武闘派と言われた後藤氏が半生を振り返りつつ、関与を取り沙汰された事件や政財界の人脈、裏社会から見続けた世間のありようなどをモノローグ形式で語ったもので、日本の裏面史を辿るうえでも興味深い内容となっている。
問題の箇所は「創価学会との攻防」と題した章だ。後藤氏によれば、創価学会との関係が生まれたのは75~76年頃のこと。創価学会はもともと日蓮正宗の信徒たいせきじの集まりで、かつては富士宮市の大石寺を本山としており、後藤組とは本拠が同じという共通項があった。
創価学会が後藤氏の力を必要としたのは、'69~'70年頃から大石寺周辺の土地を買い占め、大本堂建立や「創価学会富士桜自然墓地公園」造成といった総額1000億円に及ぶ大規模事業を進めていたためである。つまり、巨大利権にまつわるトラブル処理のため、後藤組を用心棒として使ったうえ、ダーティーワークも任せていたというわけだ。当時の創価学会の顧問弁護士で、学会と後藤氏を繋ぐパイプ役でもあった山崎正友氏(故人)が、後年に創価学会を追放されてから著した『懺悔の告発』によれば、最後まで学会に抵抗した人物に対して、後藤組組員はその自宅にブルドーザーで突っ込み、日本刀で片腕を切り落としたとある。
さらに、創価学会自体のやり方も強引そのもので、後藤氏いわくく学会は、大本堂を造る時からデタラメなことをしていたんだ。大本堂を造る際に、市道を勝手に(市の許可なく)潰したり、農地を不正に取得したりしてな〉といったもの。こうした行状から創価学会に対する反対運動が起き、後藤氏は前述の山崎氏からこう持ちかけられたという。
〈山崎から「何とかならんか」という相談があった。そういう裏の話は当時、あの男(山崎)がすべて仕切っていて、池田ともサシで話し合えるぐらいの実力は持ってたんだ。実際、俺にも「親分のことは池田会長に伝えてあります。池田会長も『くれぐれもよろしく』と言ってました」と言ってたんだから〉
しかし、後藤組が介入してもなお、反対運動は鎮静化せず、富士宮市議会では'80年末から、関係者の証人喚問、強制調査、さらには証言拒否や偽証には禁錮や罰金刑を科せる「百条委員会」の設置に向けた動きが始まった。議会には山崎氏の証人喚問、池田氏に与えていた名誉市民称号の取り消しを求める声も噴出。窮地に陥った学会は、再び後藤組を頼った。〈この間('80年)、山崎は学会を破門(除名)になって失脚するんだけど、山崎が作った俺とのパイプは生きていて、今度は地元の公明党の連中を通じて(百条委員会を)「何とかして欲しい」という相談があったんだ。それで(百条委員会設置)賛成派の連中に?話?をしたわけだ〉
結果は創価学会の思惑通りに。百条委員会は81年春に設置されたものの、公明党などの猛烈な切り崩しにより、何ら機能しないまま同年末に解体されたのだ。
だが、その直後、創価学会と後藤氏の縁はいったん切れる。後藤氏によれば、学会が後藤組を切り捨てようとしたためで、憤激した後藤氏は竹入義勝.公明党委員長、矢野絢也・公明党書記長(肩書はいずれも当時)に、二度にわたって内容証明を送付した。しかし、学会が黙殺したうえ、'83年6月に突然、富士宮署に「後藤組潰滅対策本部」が設置された『とから、後藤氏はこれを学会の差し金~見て激怒。'85年11月には後藤組系幹部らが創価学会文化会館(東京・信濃町)に発砲し、逮捕される事件が発生する。この件について、後藤氏は、
〈これには池田もビビッただろうな。子りゃそうだわ、行く先々で?パン?って音がするんだから(笑)。それで慌てて、俺んところに池田の使いが飛んできて、詫びを入れてきたんだ〉
※ 自叙伝を購入して確認済みですので、記載に間違いはありません。
本のカバーはこの様な物です

アンサー

教団側からの公式の反論はない。
創価は裁判好きで言った言わない程度で訴訟起こす場合もあるが、この件はあまりほじくり返されたくないのかだんまりを決め込んでいるわな。
原告側には相手の主張を覆す立証責任を果たさないといかんからな。
内容からすれば地上げ屋と議員の関係のバブル時代ならよくありそうな話なのだが、
どうせデマか嫉妬などと末端信者がチープな反論しか期待できないと思う。
◆オープンになった創価学会と暴力団癒着の証拠が多すぎる。
完全にクロ。
こんなのもある。
【暴力団 後藤組との関係】
昭和58年3月9日、3月16日付で後藤組長から、池田氏と竹入公明委員長に送られた内容証明付き郵便。(添付の画像)
詐欺師、jap********さんでも覆すのは難しいと思う。
◆そーなのかー
では創価会長の原田の行く先々で動労千葉名物の迫撃砲を撃ちこんでやれば原田も漏れに詫びを入れてくるのか?
もっとも砲弾が至近距離で着弾すれば原田の体は粉々だが。40S&W弾のチャカ等とは炸薬量が全く違うからな。圧力鍋爆弾とか時限発火装置なんてのもあるぞwww
◆創価学会側は、「そのような事実はありません」と明確に答えている。
後藤氏いわく
「学会は、大本堂を造る時からデタラメなことをしていたんだ。大本堂を造る際に、市道を勝手に(市の許可なく)潰したり、農地を不正に取得したりしてな」
「山崎(正友)から『何とかならんか』という相談があった。そういう裏の話は当時、あの男(山崎)がすべて仕切っていて、池田ともサシで話し合えるぐらいの実力は持ってたんだ。実際、俺にも『親分のことは池田会長に伝えてあります。池田会長も“くれぐれもよろしく”と言ってました』と言ってたんだから」

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